津田 和明 氏
財団法人大阪観光コンベンション協会 会長
サントリー株式会社 元副社長
独立行政法人日本芸術文化振興会 前理事長
【略 歴】
昭和32年 株式会社寿屋〔昭和38年3月 サントリー(株)に社名変更〕に入社
昭和50年 同社 ロンドン支店支店長
昭和52年 同社 取締役
昭和58年 同社 常務取締役
平成元年 同社 専務取締役
平成7年 同社 取締役副社長
平成14年 同社 相談役
平成18年 同社 社友
現在に至る
【団体・公職歴】
昭和63年 大阪商工会議所 議員(~平成20年11月)
平成20年 大阪商工会議所 名誉議員 現在に至る
平成11年 大阪府教育委員会 委員(~平成15年12月)
平成12年 関西経済同友会 代表幹事(~平成14年5月)
平成13年 文化庁文化審議会 委員(~平成17年3月)
平成14年 関西経済同友会 会計幹事 現在に至る
平成15年 財団法人大阪観光コンベンション協会 会長 現在に至る
平成15年 国土交通省社会資本整備審議会河川分科会委員 現在に至る
平成16年 国立大学法人大阪大学経営協議会 学外委員 現在に至る
平成16年 独立行政法人日本芸術文化振興会 理事長(~平成21年6月)
【その他】
平成15 日本経済新聞社「あすへの話題」連載(~同年12月)
平成21 産経新聞社コラム「新聞へ喝」連載中
民主党が自民党に代わって政権をとった。前政権時代から引き継いだ財政赤字は先進諸国の中でも屈指の深刻さである。加えて新政権は、こども手当や高速道路無料化など、バラまきと言われるほど、国民生活支援を約束している。財源としてムダな予算を削減しようとしているが、全く無用な大きなムダが従来もあったはずがない。案の定、行政刷新会議が、文化大革命と揶揄されるほど、厳しく見直した「事業仕分け」も大した成果がなかった。その後の復活要求で節減額はさらに減少している。
画期的な支出削減を図るのであれば、行政組織の構造改革、例えば現在の衆参二院制を一院制にするとか、国会議員、地方議員の定数を半減するとか、国家・地方公務員の定員を削減するなど、仕組みを変えなければ出来ない。財政再建は支出削減だけでなく、消費税率アップなど国の収入も増やさないと不可能だ。いずれにしても、国民も痛みを受けるが、子供や孫にかぶせる債務を僅かずつでも削減することは我々の世代の義務である。
一方、心配なのは財政再建の名の下に、必要なものまで切り捨てる恐れが出てきたことである。先日の民主党若手議員による「事業仕分け」の論議の中で、「直ぐに効果が数字で表れないものはムダ」という発言があった。資源に乏しい我が国は、国民の叡智が頼りである。特に製造業では先端技術に期待せねばならない。先端技術を開発するベースになる基礎研究は、すぐに結果が出るものは少ない。危機感を持ったノーベル賞受賞科学者グループが顔を揃えて記者会見を行い、科学振興予算の必要性をアピールした。同時に鳩山首相に会い同様の申し入れをしたので、科学研究費は大幅カットを免れたようだ。
問題は文化関係である。文化人と呼ばれる人は個性的で、科学者グループのように、結束して行動することは少ない。また、「投資効果を数字で表現できないものはムダ」であれば、ほとんどの文化活動はムダと決めつけられてしまう。
「文化」の定義は広義と狭義があり、辞書を見ても難解だ。幸い日本には文化庁があり所管事項が決められているので、それを狭義の文化と考えて、他国と比較してみる。もともと日本の文化関係予算は低い。2009年度で1,020億円、国家予算の0.12%である。韓国では約1,400億円、0.92%。フランスは約4,800億円、0.95%。流石にフランスは文化大国である。
昭和20年、敗戦後、日本は軍事大国でなく、文化国家を目指したはずである。その後、紆余曲折があり、軍備も復活したが、文化関係予算は一貫して低位安定である。確かに文化が無くても人間は生きることが出来る。戦後の食糧不足の中で、音楽や芝居といった文化は優先度が劣ったであろう。ひたすら豊さを求めて、日本人は粉骨砕身で働いた。お陰でエコノミックアニマルとからかわれるほど経済は発展した。このような時代には残業をせず、音楽会や芝居を見に行くのに、ある種の引け目を感じたものだ。これでは文化は育たない。文化は胃袋を満たさないが、こころを満たすことが出来る。
日本には武士社会でも武道だけでなく、文化的教養を身につけている人を「文武両道の達人」として尊敬した。武士だけでなく、町人であっても、子供を寺子屋へ通わせていた。江戸時代、日本人の識字率は世界でもトップクラスだったと言われている。幕末に我が国に来た外国人が日本人の教養の高さに感心して、その事を書簡や日記に残している。
明治になって国を挙げて富国強兵に邁進し、その挙句に敗戦の憂き目を見た。戦後は経済優先で日本を豊かにしてきた。明治以来、百数十年も文化はいつも脇役だった。今こそ、文化を主役にしなければならない。多彩な現代舞台芸術や日本の伝統芸能をますます充実させ、多くの日本人が楽しんでいる姿を見れば、アジア諸国の人々も安心してくれるだろう。文化国家とはそういうものだ。文化は決してムダではない。