深野 弘行 氏
伊藤忠商事株式会社 専務理事 社長特命(関西担当)
生年月日:昭和32年1月30日生
昭和54年 | 3月 | 慶應義塾大学経済学部卒業 |
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昭和54年 | 4月 | 通商産業省入省(基礎産業局総務課) |
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昭和63年 | 6月 | 米国スタンフォード大学客員研究員 |
平成4年 | 5月 | 通商産業省 産業政策局流通産業課商業集積推進室長 |
平成8年 | 4月 | 秋田県商工労働部長 |
平成10年 | 6月 | 通商産業省資源エネルギー庁石油部開発課長 |
平成12年 | 7月 | 同省 大臣官房参事官(原子力安全・保安院設立準備担当) |
平成13年 | 1月 | 経済産業省原子力安全・保安院企画調整課長 |
平成15年 | 7月 | 同省 資源エネルギー庁総合政策課長 |
平成16年 | 6月 | 同省 大臣官房審議官(地球環境問題担当) |
平成18年 | 7月 | 同省 北海道経済産業局長 |
平成21年 | 7月 | 同省 近畿経済産業局長 |
平成22年 | 7月 | 同省 大臣官房商務流通審議官 |
平成23年 | 8月 | 同省 原子力安全・保安院長 |
平成24年 | 9月 | 同省 特許庁長官 |
平成25年 | 10月 | 伊藤忠商事株式会社 顧問 |
平成28年 | 4月 | 同社 常務執行役員 社長補佐(関西担当) |
平成30年 | 4月 | 同社 常務理事 社長特命(関西担当) |
平成31年 | 4月 | 同社 専務理事 社長特命(関西担当) |
平成28年 | 5月 | 常任幹事 関西版ベンチャーエコシステム委員会 委員長 |
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令和元年 | 5月 | 代表幹事 |
2021年5月、関西経済同友会代表幹事を退任した。かつては交代を普通に更迭と言ったが、今はあまり良い意味では使われていないようだ。昔風に言えば更迭に当たって井垣さんより折角このような貴重な機会を頂戴したので、時代の曲がり角における関西経済同友会での活動を通じた雑感を書き記してみたい。
私が代表幹事に就任したのは2019年5月、わずか2年前に過ぎないが、コロナ下で世の中は大きく変化し、恰も幾星霜も経たように感じられ、思い出すことも容易でないものがある。コロナ以前には、2019年6月末には国際政治の舞台で激しくぶつかり合う指導者たちが大阪に一堂に参集し歴史的なG20サミットが行われたことが思い出される。待望の万博誘致が前年の2018年秋に決まった直後で、また、折からインバウンド客の往来しきりで、活況の真っただ中にあった。巷は観光客であふれ、外国語を聞かない日はないと言っても過言ではなかった。建設プロジェクトや新規開店も多く、活気を感じたものである。
しかしながら、2020年の2月の京都での関西財界セミナーの頃を境にコロナ感染が拡がり様相が一変した。わずか1年余り前のことであった。関西財界セミナーは、コロナ前の時代の掉尾を飾ることとなった。セミナーの顧問を務めてこられた京都商工会議所名誉会頭の立石義雄さんがセミナー後程無く亡くなられたことは誠に痛惜の念を禁じ得ない。ご冥福をお祈りする。
2020年度は一転してコロナ問題に明け暮れた1年であった。関西経済同友会も多大な影響を免れ得なかった。集会や会合はできず、多くの行事が延期、あるいは、中止の憂き目を見た。当初はこうした事態にどのように対処してよいかわからず、暗中模索であった。しかし、危機的な状況においては、まず基本に立ち返ることが鉄則である。自らの使命を今一度問い直さなければならない。
関西経済同友会の使命は、世の中の動きを迅速に捕まえ、議論し、世の中の先を行く提言を行うことである。真闇のなかに、標(しるべ)となる火を点す会の使命は平常時にも増して重要である。関西経済同友会は1946年、灰燼の中から新しい日本の将来の姿を考えるため、若手経済人の発意によって設立され、活動をはじめたことを思い起こさなければならない。
今般の危機においても使命を果たすため質の高い議論を行うべく、会員・事務局一丸となって努力した結果、今年度の活動は例年になく活発で満足すべき成果を上げた。各委員会での講演は例年60~70回ほどであるが、2020年度は92回に上った。また、提言の発表件数も9件を数えた。登壇していただいた講師陣、議論の内容などを取ってみても質の高い活動であり、達成感を得ることができた。以下、本年度ならではのものを中心に活動をいくつか紹介しよう。
まず、2025年の万博のさらに先、2050年頃の関西の在り方を表す「いのち輝く都市」という都市像を打ち出した。都市のハードではなく、都市の存在意義や理念を示すことを試みたコンセプト作りである。将来の姿を考えるにあたり、現在の延長線上で将来を見るのではなく、2050年の人類社会とその課題を考え、その中で関西の在り様を考える。そしてそこからさらに現在取るべき選択などのヒントを得る。
求められる関西の都市像としては、いのちの尊厳を尊重する、そして非連続的な技術を梃に世界の共通課題の解決に貢献する場を目指すべき姿とした。そのためには、人種、ジェンダー、年齢について多様性、包摂性を持ち、人々の多様な活動を受け入れる魅力ある場となることである。また、非連続的な技術進歩が想定される中で、関西が強みを持つ健康・医療分野を中心に、世界の課題を解決しつつ発展を遂げることを提唱した。
気候変動についての関心も急速に高まっている。こうした中で、環境エネルギー委員会設置した。米国もパリ協定への復帰がなり、対立を続ける米中が協力できる数少ない分野でもある。政府は2050年に温室効果ガス排出ゼロを達成するとの目標を打ち出した。また、この夏にはエネルギー基本計画も改定される。この問題を考える好機であった。
国全体のエネルギーバランスについては、国の政策として進められるべきものであるが、地域発で取り組めることも多い。委員会では地球規模の視点で考え地に足のついた活動を行う(think global act local)ことを基本に据えた。関西は環境関連技術も集積しており、炭素の循環利用を可能とするメタネーションなどのイノベーションを先導、また、万博を世界に向かって脱炭素社会の絵姿を見せ、実践する場とすべきことなどを提言している。
女性の社会参加などのダイバーシティの問題は長年先送りされていたが、女性の社会進出に関し日本に対する評価の低さが改めて問題となった。コロナ下でテレワークなど働き方改革が真剣に考えられるようになり、加えて要人の発言が物議を醸したことを契機に議論が活発化した。関西経済同友会でも、2020年度には新たに子育て問題委員会を設置し、この問題を取り上げた。育児について男性の参加が著しく少なく、また、性別分業的な考え方が依然根強いことは問題であり、職場においても管理者層がそうした考え方を変え、子育てを理解するボスである「イクボス」を拡げていく必要があるとの提言を行った。
コロナによる影響は社会のあらゆる分野に及び、コロナ以前に戻ることはなく、経済、社会、経営の在り方全般について新常態に適応する必要が生じている。こうした時に問題の所在を示し、経営者が考える材料を与えることこそ、まさに経済団体の存在意義(レゾンデートル)である。経済政策委員会、企業経営委員会はじめとする基幹的な委員会においてはこの問題に切り込んだ。
コロナにより、日本経済の弱点が浮き彫りになった。デジタル化(Digital)の遅れ、女性活躍を含むダイバーシティ(Diversity)の遅れ、空前のレベルとなった政府債務(Debt)、政策決定の遅さと透明性・効率性の欠如(Decision)の4つのDである。経済政策委員会ではこれらを変革する4つのDXが経済再生の前提となること、そのための政策を果敢にとるべきであることを提言した。
また、地方自治体のコロナ問題への対応が人々の関心事となった。そうした中で、地方分権委員会が行った47都道府県と政令指定市へのアンケート調査には、そのすべてから丁寧な回答をいただき、その結果、国と地方の役割分担が不明確であるなどの問題が明らかになった。
コロナ下では、企業経営についても大きな変化が生じている。オンライン会議、テレワークの普及など、コロナ以前には想定されていなかった規模の変化が生じている。勤労観やワークライフバランスの考え方、企業価値についての評価も変化している。企業は変化を恐れずビジョンを掲げて企業変革に取り組む必要があるとの認識を共有した。
大阪は人口当たりの美術館数が全国でほぼ最下位であり、また、自治体の文化に充てる予算額は見劣りするといわれてきた。一方で、大阪には長く民間が文化活動を支えてきた歴史がある。この伝統を活かし、2019年度より2021年度まで3回にわたり「なにわの企業が集めた絵画の物語展」を企画した。この絵画展では単に絵画を見せるだけでなく、絵画を題材に子供たちが話し合うことにより創造性を育てる「対話型鑑賞」やレストランと提携した絵画バル、ミニコンサート、夜間の鑑賞などの新しい取り組みを行った。おりしも、市立大阪中之島美術館が2021年度中に開館されることから、経験を同美術館の運営に生かすため、成果は書籍ならびに提言にまとめた。
ベンチャーエコシステムに関する活動は2016年度から、関西版ベンチャーエコシステム委員会において継続的に推進した。ベンチャーエコシステムへの注目は全世界的といっても過言ではない。今やイノベーションの担い手はかなりの程度ベンチャー企業であり、雇用創出にも寄与している。社会課題の解決についてもベンチャー企業の貢献が期待されている。こうした中で、関西にも多くのベンチャー企業が現れるようになり、国の調査では、2府5県で1100社を超えるという。
ベンチャー企業が育つためには、先輩起業家や企業経営者などのメンターを含むネットワーク組織が重要であるが、関西ではそうした組織も鼎立している。また、スタートアップの事業化を手伝う欧米のアクセラレーターも次々進出するようになった。
特筆すべきは、関西経済同友会の会員企業有志が「ベンチャーフレンドリー宣言」により、ベンチャー・スタートアップ企業にコミュニケーションの窓を開く宣言をしたことである。そのメンバーは次第に増え、現在では68社を数えるほか、沖縄でも同様の宣言が行われるなど、他地域に波及している。また、2020年、紆余曲折はあったが京阪神が連携する形で「スタートアップ・エコシステム拠点都市」の指定を勝ち取り、今後3地域連携による取り組みが期待される。自治体はOIH(大阪イノベーションハブ)立ち上げやスタートアップ支援のプログラムを行っていたが、国が地域指定を持ち出すまでは他地域や団体との連携には必ずしも熱心とは言えなかった。これを契機にファーストペンギン(率先実行)をモットーとする他の経済団体も含め、関西の官民が注目し、連携してくれるようになったことは大いに喜ぶべきであろう。同時に、地域指定など国の誘導の自治体への影響の大きさを痛感させられる一幕でもあった。
海外との交流も2019年度までイスラエルに3回にわたりミッションを派遣したほか、シリコンバレー、フランス、ドイツ、オランダ、英国など、各地を訪問している。英国訪問の際にお世話になったケンブリッジコンサルタンツは関西でのビジネスに熱心で、関西経済同友会の会員になっていただいた。イスラエル訪問は、先鞭をつけたと言っても良いと感じる。カハノフ駐日イスラエル大使や科学アタッシェのアッシャーさんには講演していただいた。現在、海外へのミッション派遣はできる状況にないが、再び訪問の機会が持てるようになることを期待する。
このようにこれまでのところ順調に進んでいるかに見えるエコシステムであるが、まだまだ課題は多い。日本のスタートアップなら関西という評価が世界の投資家やスタートアップの間で固まっているわけではなく、本邦においては依然として首都圏への集中は激しい。関西にはノーベル賞受賞者を輩出する優れた大学もあるが、研究成果の社会実装や大学発ベンチャーの立ち上げという点では東大の後塵を拝している。
大学の研究成果には世界に通用するものも多く、スタートアップの分野でも世界に伍していく上で、大学発ベンチャーは大きな役割を果たすことが期待できることから、今後さらに大学との連携を強めていく必要がある。東大には優れた指導者がいて、学生のスタートアップへのチャレンジを応援し、「本郷バレー」が形成されているという。余計な話であるが、東大の向陵、京大の吉田山、慶応の三田の山など、大学というものは丘の上にあって巷を見下ろす存在とされてきているが、バレー(谷)と呼ばれることには、地盤沈下したかのようで少々違和感はある。
コロナ下での活発な活動を可能ならしめたのはオンラインによる事業実施であった。関西経済同友会では、いち早く2020年5月ごろから本格的にオンライン化を図った。これにより講師の幅も広がり、英国、シリコンバレー、デンマーク、イスラエルなど海外の講師もリモートで登壇するようになった。関西財界セミナーやボストン・シンポジウム、韓国ミッションなどの目玉行事もオンラインで実施した。11月のボストン・シンポジウムでは、ハーバード大学の重鎮であるエズラ・ボーゲル先生、ジョゼフ・ナイ先生、ロジャー・ポーター先生の参加も得て、距離と時差の壁も超えてバイデン政権下での外交政策、特に米中関係について、また、コロナ後の経済、社会の変化について、活発な意見交換を行うことができた。(ボストンシンポジウムの中心的存在であったエズラ・ボーゲル先生は12月に逝去された。これまでのご尽力に感謝するとともにご冥福をお祈りする。)
関西経済同友会ではその汎用性にかんがみZoomを利用した。会員企業の中にはZoomを基幹ソフトとして利用できない企業もあったと聞くが工夫して対応していただいた。これもひとえに会員各位のご理解、廣瀬事務局長以下の事務局の皆様の果敢な取り組みのおかげであると、心から敬意を表したい。
コロナには悩まされたが、オンライン化には大きなメリットがあったと感じる。場所や時間を超え、参加も容易になった。加えて、スタッフレベルの打ち合わせも頻繁にオンラインの会議で行い、提言や報告の質の向上に大いに役立った。関西経済同友会はデジタル化の先陣を切り、Work from anywhereの新しい考え方を率先して実践し、新しいビジネス文化を先導することができたのではないかと思う。
この2年間の活動の今一つの特徴は、この大きな変化の過程のさなか、社会に対して、積極的に意見をぶつけてきたことである。その一つが代表幹事コメントである。件数を見ても、2019年度(総会から総会の間)は17件であったのに対し、2020年度は43件に達した。また、この2年間でコロナ関連は22件であった。政府や自治体の方針に対しては批判を行った。例えば、特措法に基づく初回の緊急事態宣言発出について国が躊躇するかのごとき対応であったこと、また、その後も国が対策や措置について、科学的な根拠に基づく納得のいく政策の説明が行われないことに継続的に批判を行ってきた。そのいくつかは記事となった。しかしながら、その甲斐なく、いまだに国などの対応に大きな変化が見られるに至らず、闇夜に照準もなく鉄砲を撃つような対応が繰り返されていることは誠に残念でならない。緊急事態宣言の延長が決定された5月7日に発出したコメントは各方面から同感である旨のご意見も寄せられたので、ここでコメント全文を紹介する。
新型コロナウイルス - 緊急事態宣言延長に際して ~回復から取り残される日本経済~
2021年5月7日
一般社団法人 関西経済同友会
代表幹事 深野 弘行
活動を通じて強く感じたのは、関西のネットワーク力と関西企業の伝統や企業文化、そして「やってみなはれ」の姿勢は本会、そして関西経済界の掛け替えのない財産であるということである。これから、未来社会の実験場である万博も開催される関西は、更に盛り上がり、存在感を増していくはずである。関西経済同友会の将来は洋々としている。
来年度の活動を導くのは不死鳥(フェニックス)である。我々はその背中に乗り、一層の高みへと舞い上がっていく。そして、理想の企業経営、経済の実現に向かって行く。
思えば、時は移ろいやすく、この2年はうたかたの夢の如く経過してしまったが、時代の潮目に立ち会い、誠に得難い経験をさせていただいたことは望外の幸せであった。
皆様には、これまで一方ならずお世話になったことに感謝したい。今後も関西との縁は大切にしたい。皆様には引き続きご交誼いただくことをお願いして、この稿を終える。
以上。