
宮部 義幸 氏
パナソニックホールディングス株式会社 客員
生年月日:1957年12月5日生
出身地:大阪府
| 1983年 | 3月 | 大阪大学大学院 工学研究科 修了 |
|---|
| 1983年 | 4月 | 松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス株式会社)へ入社 |
|---|---|---|
| 1995年 | 10月 | 同社 マルチメディア開発センター 情報システムグループ チームリーダー |
| 2001年 | 4月 | 同社 eネット事業本部 eネット戦略企画室 グループマネージャー |
| 2003年 | 1月 | 同社 R&D企画室 室長 |
| 2003年 | 9月 | 同社 コーポレートR&D戦略室 室長 (兼)産学連携推進センター 所長 |
| 2008年 | 4月 | 同社 役員 デジタルネットワーク・ソフトウェア技術担当 |
| 2011年 | 4月 | 同社 常務役員 技術担当 |
| 2011年 | 6月 | 同社 常務取締役 技術担当 |
| 2013年 | 4月 | 同社 常務取締役 AVCネットワークス社 社長 |
| 2014年 | 4月 | 同社 代表取締役専務 AVCネットワークス社 社長 |
| 2015年 | 4月 | 同社 代表取締役専務 技術担当、知的財産担当、モノづくり総括担当、調達担当 |
| 2016年 | 4月 | 同社 代表取締役専務 技術・モノづくり・調達・IT革新総括担当 |
| 2017年 | 6月 | 同社 専務執行役員 CTO、CMO、CQO、CPO、CIO |
| 2019年 | 10月 | 同社 専務執行役員 CTO、CMO |
| 2021年 | 4月 | 同社 専務執行役員 東京代表、渉外担当、 東京オリンピック・パラリンピック推進担当(兼)東京オリンピック・パラリンピック推進本部長、 ソリューション営業担当(兼)ビジネスソリューション本部長、 統合型リゾート(IR)事業推進本部長 |
| 2021年 | 10月 | 同社 専務執行役員 東京代表、渉外担当、 ソリューションパートナー担当 |
| 2022年 | 4月 | パナソニック ホールディングス株式会社 副社長執行役員 東京代表、渉外担当、ソリューションパートナー担当 |
| 2022年 | 6月 | 同社 取締役 副社長執行役員 渉外担当、ソリューションパートナー担当、東京代表 |
| 2025年 | 4月 | 同社 取締役 |
| 6月 | 同社 取締役退任、顧問(非常勤) | |
| 10月 | 同社 顧問(非常勤)退任、客員 |
| 2022年 | 6月 | 西日本旅客鉄道株式会社 取締役 |
|---|---|---|
| 2023年 | 4月 | 公立大学法人大阪 理事 |
| 2023年 | 5月 | 一般社団法人 関西経済同友会 代表幹事 (2025年5月退任) |
| 2024年 | 7月 | 公益社団法人 日本工芸会 近畿支部 支部長 |
| 2025年 | 7月 | 一般社団法人 日本能率協会 常任参与 |
私が関西経済同友会の代表幹事を拝命した2年間は、まさに大阪・関西万博という巨大な山に向かって取り組んできた、ラストスパートの日々でした。
振り返れば、開催が近づくにつれ、私たちの前には文字通り「壁」のような課題が次々と立ちはだかりました。資材高騰や人手不足、建設の遅れ。チケットの売れ行き。それらが報じられるたび、世間には「本当に開催できるのか」「何のための万博か」といった厳しい問いが投げかけられ、時に逆風として強く吹きつけることもありました。
しかし、私はその中に身を置きながらも、不思議と悲観することはありませんでした。人類の歴史とは、当時の人々が「不可能だ」と断じた課題を、知恵と情熱で一つひとつ「可能」に書き換えてきた足跡そのものだからです。「課題は解決されるためにこそ存在する。そして、それを乗り越えた瞬間にこそ、人類の進歩が生まれるのだ」という信念が、常に私の支えとなっていました。
万博が無事に開幕し、世界中から人々が集い始めた熱狂のただ中の2025年5月、私は任期満了を迎えました。退任の挨拶に立ったあの日、万博の最終的な評価はまだ定まってはいませんでしたが、私の心は一点の曇りもなく晴れやかでした。死力を尽くして課題に立ち向かい続けた関係者の眼差しの中に、すでに成功の種火が灯っているのを確信していたからです。
会期を終える最終日のイベントにお招きいただいた際、会場を埋め尽くした笑顔と、次なる時代への期待に満ちた空気を感じ、私の確信は揺るぎない事実に変わりました。私たちが守り抜こうとしたのは、単なるイベントの形式ではなく、「挑戦すれば未来は変えられる」という、この国が忘れかけていた自信だったのではないでしょうか。
ここで改めて、深い感謝を捧げたい方々がいます。2018年の誘致決定前から今日に至るまで、この壮大なプロジェクトに関わったすべての方々です。
誘致のために世界を駆け巡った方々、現場で汗を流した技術者、独創的な展示を創り上げたプロデューサー、クリエイター、そして会場で来場者を温かく迎えたボランティアの皆様。一人ひとりの「挑戦」が積み重なり、この奇跡のような空間が実現しました。皆様の献身的な尽力こそが、関西の底力そのものでした。
今、この原稿を手にしている次代を担う皆様に、心からお伝えしたい。
目の前に困難な課題があることを、どうか嘆かないでください。それは進歩の前兆であり、私たちが新しく生まれ変わるためのチャンスです。万博が遺した最大のレガシーは、目に見える建物や技術ではなく、私たちが課題に立ち向かい、それを乗り越えたという「姿勢」そのものです。
挑戦する心を失わず、課題を愛し、立ち向かい続ける。その積み重ねの先にこそ、関西の、そして日本の輝く未来が開けると信じてやみません。これまでのすべての縁に感謝し、これからも引き続き皆様と共に歩んでまいる所存です。